2013年12月27日

32年前の能勢電

32年前の能勢電

1981(昭和56)年の師走、九州は日豊本線の別府から豊肥本線の三重町の間を「SL豊の国号」が走るということで、遠征したのですが、

大分へ直行するブルートレインを使う身分ではなく、ふた夜行かけての長〜い移動となり、

その中間点、京都と大阪では行きがけの駄賃鐵を楽しみました。
午前中、保津峡でDD51客レや貨物、80系あさしおなどを撮った後、大阪へと移動。

梅田から阪急宝塚線に乗って川西能勢口駅へ。

ここを訪れた第一の目的は廃止間近となった川西能勢口〜川西国鉄前の区間運転を撮ることでしたが、

この僅か0.6km、日中は運転されず、

川西能勢口!?に停車中の51形を撮るに過ぎませんでした。

32年前の能勢電

全長13mほど、ヒューゲル集電は路面電車然とした車体がなんともユーモラス。

まさに都会のエアポケット的存在でした。

それにしても廃止2週間前くらいでしたが、ほとんど同好者と行き会わなく、のどかな時代でした。

支線沿いを国鉄前まで歩くなどした後、本線にカメラを向けたのが表題の写真です。

川西能勢口駅から始まる急カーブに挑むのは617形。

マルーンの塗色、前パン、おでこの上の前照灯、そして重厚なツリ吊けモーターの響きは、ひと昔前の阪急電車といったところですが、阪急電車のことは詳しくないので深くは触れません。

とにかく、旧型電車マニアとして、大阪の郊外でオールドタイマーを撮影できた悦びに浸っていたようです。

あれから32年経過…、

すっかり能勢電鉄は近代化したようで。

そのいっぽうで、関西には東日本では見られなくなった103系、201系が現役で走り、

平成版都会のエアポケット的存在、和田岬線もあったりして、食指がそそられます。

大正時代の情緒を色濃く残す歓楽街も、物書きの端くれとして見ておきたい…。

大阪、

もしかしたら、今、一番出かけてみたい場所かもしれません。


*能勢電鉄・川西能勢口駅付近にて(兵庫県川西市)
PENTAX KX+80~210mm、50mm(KR)
1981.12.7撮影


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この記事へのコメント
知っている場所にあずき色の阪急電車の車両!
51形はよく分かりませんが、このあずき色の阪急電車は馴染みがあり過ぎて思わずコメントです。
バックの看板に昔のジャスコマークが・・・
懐かしいですね。
川西能勢口、今でもちょくちょく行きますよ^^
Posted by kariora at 2013年12月28日 11:23
51 楽しそうな電車ですね
阪急は門外漢には判りにくいですが、頑なにマルーンを纏わしているところに、誇りが感じられます
Posted by DT33DT33 at 2013年12月28日 12:09
karioraさんへ
コメント、ありがとうございます。
川西能勢口を訪れたのは後にも先にもこの時の2,3時間ほどでした。
ネット経由の情報を見る限りではだいぶ街並みが変わっているとか…。
その中で阪急電車のマルーン色だけが変わらないのでしょうね。
神戸界隈は2005年に、出張で宝塚や甲子園、須磨に
六甲、有馬温泉、西神中央などを約一週間にわたり取材したことが懐かしく思われます。
あと六甲山と言えば、孤高の岳人・加藤文太郎氏のことが思い起こされます。

DT33さんへ
早くに形式消滅したのでとても地味な存在ですが、
模型化すると楽しいでしょうね。
私も阪急電車はよく分からないのですが、
とにかくどんな時代でも伝統的なマルーン塗色を守り続ける姿勢、
評価に値しますね。
梅田〜中津の3複線も撮ってみたいポイントです。
Posted by 32Count32Count at 2013年12月28日 18:14
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