五日市線の思い出〜大久野貨物

32Count

2009年02月23日 11:00



五日市線でもうひとつ思い出すのは武蔵五日市駅の少し手前から分岐していた貨物線のことです。

前回の記事でも触れましたが、それ以前まではクモハ40の単行とは言え、さらにそのひと駅先の武蔵岩井までを結ぶレッキとした旅客線でしたが、昭和46年、旅客営業が廃止され手前の大久野までの貨物専用線となった経緯があります。
午前に1便、午後に1便と貨物列車の本数は山向こうの青梅線とは比べものにならないほど少なかったのですが、スイッチバックの線形あり、急勾配あり、専用線のような佇まいあり、というわけで、短い区間でなかなか変化に富んでいました。

もちろん、この当時は立川機関区に所属していたED16でした。

30‰以上の急勾配に備えるためか、ひと駅手前の武蔵増子駅で列車を2分割して大久野へと向かうので列車本数が少ないとは言え、終点近くで張っていると短時間のうちに4本の貨物列車を撮ることができます。

この日は多摩川の鉄橋でまず、1本の貨物を撮影した後、武蔵五日市に自転車で向かいました。

武蔵五日市で貨物列車が来る前の成果は前回アップしたように旧型電車を撮っていました。

そして、大久野から勾配を下ってきた武蔵増子止りの貨物列車が右の写真です。

後ろにワフ1両のみを連結した模型チックな編成ですが、このアングルから五日市方を見ると、急勾配による旅客線と貨物線との高低差を見てとれますね(技術が未熟なためパンタググラフが切れてしまっています)。

この後、大久野への貨物列車を撮影してから訪れたのがトップに掲げた大久野駅構内でした。

ED1612を先頭に石油輸送のタキ2両と無蓋車数両と緩急車という編成。

青梅線の20両近く連ねた石灰輸送の貨物列車に比べると貧弱に感じましたが、今、こうして見るとこれはこれで味わいがありますね〜。

しかも、プラント工場までは職員がデッキに乗って誘導している姿も見られたりして、なかなかディープな趣がありました。

後にも先にも、この路線を訪れたのはこの時の1回のみ。

貨物列車は1982年を以て廃止され、同時にこの区間も廃止されたのでした。

う〜ん、残念!


*五日市線・大久野駅、武蔵増子〜大久野(東京都西多摩郡五日市町、日の出町<現あきる野市>)
PENTAX KX+80〜200mm
1978.3撮影







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